時計修理技術者コラムVol.13 ロレックスのムーブメントの特徴~デイトナCal.4130編~
オーバーホールのススメ
ロレックスの時計が自社性ムーブメントを搭載していることはあまりに有名ですが、そのムーブメントのクォリティーの高さ、故障頻度の少なさから、メンテナンスを一度も受けずに何年・何十年も使用されているユーザーさんが多いようです。今回はロレックスのムーブメントを例に交換頻度の多い部品の紹介と、定期メンテナンスの大切さをご紹介いたします。
ロレックス/デイトナ(Cal.4130)の特徴
デイトナには2000年から現在に至るまで、Cal.4130というムーブメントが使用されています。
発表されてから20年弱の間にマイナーチェンジを繰り返し、ムーブメントの耐久性や精度を高めています。ロレックスが完全に自社生産した機械で基本的には丈夫に作られています。またメンテナンス(オーバーホール)も非常にしやすい設計になっています。ただ、非常にクォリティの高いムーブメントのため、異音がする、止まりなどのお客様自身で気づきやすい不具合が起こりづらいという特徴があります。
旧型のクロノグラフランナー(左)と新型のクロノグラフランナー(右)です。外周の歯車の形状が改良されています。
旧型の4番車(左)と新型の4番車(右)です。内側の歯車の形状が改良されています。
摩耗しやすい部品
「最近止まりやすくなった、遅れが気になる。」などの理由でお持込いただいた時計を見ると、油の劣化、部品の摩耗がかなり進行していたケースが多いです。下記にご紹介する部品のような状態になってしまうと、部品の修正ができず交換が必要になります。交換部品が多くなると、結果的に修理代金が高額になってしまうことになります。
交換が必要な状態の2番車です。中心部分が摩耗し黒くなっています。
アンクル全体図(前)アンクル拡大図(後)
調速機構のアンクルです。矢印部分の爪石に傷が入っています。動きが悪くなり精度不良の原因になります。
新品のフリクションスプリング(前)摩耗により円状に溝ができたフリクションスプリング(後)
センターセコンドが取り付けられる歯車を規制している部品です。
早め早めのメンテナンスを!
購入して最初のメンテナンスはなかなかタイミングがつかめないというお客様もたくさんいらっしゃいますが、早めのメンテナンスをしていただくとトラブルなくお時計を使用いただけると思います。特に新品の時計は、最低限の油量しか注油されていなかったり、お客様の手元に渡るまでにすでに数年が経過していたりする場合もあるんです!
お時計の深刻な故障が発生する前に、3年から5年に一度定期メンテナンスをお勧めいたします。
時計修理技術者コラムVol.12 ガラス接着剤の劣化~フランクミュラー・カルティエ編~
時計ガラスの取付方法
時計のガラス(風防)を取り付ける方法として、主に3つ挙げられます。
・ガラスパッキンによる固定(ロレックス、ブライトリングなど)
・圧入式(オメガなど、プラスチック風防が採用されているモデル)
今回は接着剤で取り付けをするフランクミュラーとカルティエを例にご紹介いたします。
ガラス接着剤の劣化
※フランクミュラー/トノーカーベックス
経年劣化により、ガラスの接着剤が劣化したガラス(前)ガラスの再接着を行ったガラス(後)
※カルティエ/パンテール
ガラスの接着剤が変色したガラス(前)ガラスの再接着を行ったガラス(後)
ガラスの取付順序
1.経年劣化により変色してしまった接着剤をガラス、ケースから除去するために剥離剤に浸します。
劣化が進行すると、超音波洗浄機にかけると外れる場合もありますが、ガラスの破損がないよう慎重に作業を行うため、剥離剤を使用します。
2.取り外したガラスとケースの接着面に残っている接着剤を残らずすべて除去します。接着面にもともとの接着剤が残っている状態だと、新しい接着剤がしっかりと浸透しないため、ガラスを再接着した際の見栄えが悪くなります。
3.上記2点の作業が完了したら取り付け作業を行うことができます。
当店では紫外線硬化作用のある接着剤を使用しています。粘度が低く、ガラスとケース間にしっかりと浸透します。また、無色のため接着完了後の見栄えがよく仕上げることができます。接着剤を塗布し、ケースにセットした後、接着剤が不足している箇所に接着剤を追加し、全体に完全に浸透したことを確認し完了となります。
ガラスの接着面が変色してきたと思ったら……
ガラス接着剤の劣化は、文字盤への湿気や細かいごみの混入だけではなく、防水性の低下による水入りの原因にもなります。
お手持ちのお時計の文字盤に小さいごみや目立つようになった、針やインデックスのくもりが出始めたなど、少しでも目に見える部分で変化がございましたら、是非ご相談ください。無料でお見積りさせていただきます。
時計修理技術者コラムVol.11 裏蓋ねじ(ビス)止め式のよくあるトラブル~フランクミュラー編~
時計の裏蓋の固定方法
時計の基本構造は、ミドルケースに裏蓋を固定するという方式が一般的です。※一部ワンピース構造など特殊なものもあります。
裏蓋をミドルケースに固定する構造としては、
※ロレックス/サブマリーナ16610
・スクリューバック式 ロレックス、パネライ、ブライトリングなど
裏蓋とケースにねじが切られているケースです。気密性が高く、防水性能が高いのが特徴です。
※オメガ/スピードマスター3510-50
・スナッチバック式 オメガ、ブルガリなど
裏蓋をプラスチックやテフロン製のパッキンで固定するタイプです。
・ねじ(ビス)止め式 フランクミュラー、カルティエなど
裏蓋をネジで固定するタイプです。
の3つに分かれます。
今回はフランクミュラーのケースを例に取り、ねじ(ビス)止め式の時計について紹介いたします。
ねじ(ビス)止め式の特徴
ねじ(ビス)止め式とは、裏蓋を複数のネジで固定するタイプを指します。
特徴としては、ケースの厚さを薄くできる、ケースの形状を複雑(楕円形、多角形)にできるため、デザイン性に優れた時計に採用されています。
しかし、汚れや汗、水分がねじ部分から侵入しやすいという欠点もあります。
多くのねじ止め式裏蓋は、パッキンの外側にねじを取り付ける構造のため、防水性能が保証されている時計であっても、ケースと裏蓋の隙間から汚れや汗が浸入して、ねじ部分にまで達する場合があります。
長年の汚れや汗によって、オーバーホールや電池交換の時期にはねじやケースのねじ穴に腐食やさびが発生し、ねじがボロボロになり使用できなくなる、さびの固着によりねじが折れてしまうなどの弊害が起こります。
その場合、ねじ交換や、折れ込んだねじの除去が必要になり、修理料金も高額になります。
※フランクミュラー/トノーカーベックスグランギシェ6850S6GG
ねじがさびてケース内で折れ込んでいます。裏蓋にもさびが広がっています。
※フランクミュラー/裏蓋ねじ
新品のねじ(前)と、汚れが蓄積されたねじ(後)です。
※フランクミュラー/裏蓋ねじ
さびが広がり、折れてしまったねじです。
ねじ(ビス)止め式時計の注意点
ねじ部分の狭い隙間に入り込んだ汚れや水分は分解して除去する以外に方法がありません。
そのため、メンテナンスを行っていない状態で長期間使用することで、ステンレススチールのようなさびにくい素材であっても、さびが発生してしまいます。※金無垢素材の場合、変色はしますが、さびが発生することはありません。
時計の動作に特に不具合が無いため、長期間メンテナンスを行っていないと、裏蓋が開かなくなるなどのトラブルにつながる可能性があります。
内部の不具合のためだけではなく、外装の点検のためにも定期メンテナンスをお勧めいたします。
時計修理技術者コラムVol.10 ガラスの防水対策~ロレックスオイスターケース編~
時計の防水性能
「自分が持っている時計の防水性能はきちんと機能しているのか?」お時計をお預かりしたお客様からよくご質問をいただく内容です。
メーカーが定めている防水性能はきちんと整備されているお時計が前提になります。パッキンやリューズが劣化している状態だと、本来の防水性能が発揮できず水入りしてしまう場合があります。
時計ケースで水の浸入する可能性がある部分は、一般的に下記の箇所になります。各部位の防水構造がきちんと整備されている状態で初めて防水時計としての耐久性を得ることができます。
1、ガラス部(ガラスとベゼル、またはミドルケースの接合部)
2、裏蓋部(裏蓋とミドルケースの接合部)
3、リューズ部(リューズとミドルケースの接合部)※技術者コラムVol.1にて紹介
4、その他特殊構造部(プッシュボタン、ヘリウムガスエスケープバルブなど)
今回は、1のガラス部の構造をロレックス/オイスターケースを例にご紹介いたします。
オイスターケースのガラス構造
ロレックスのガラス部の構造は、合成樹脂製のパッキン(クリスタルワッシャー)をガラスの溝にはめ込み、ミドルケースの見返しと呼ばれる立ち上がりにかぶせ、最後にベゼルを圧入して固定しています。
ロレックスのガラスです。矢印の部位に溝があります。
クリスタルワッシャーを溝の部分にはめ込みます。
時計ケースにサファイアクリスタルガラス、クリスタルワッシャーをセットし、上からベゼルを圧入することでガラスを固定し、防水性を確保することができます。
ベゼルを圧入した状態です。ガラスと時計ケースがしっかりと固定されました。
ガラスが欠けたり、クリスタルワッシャーが劣化していると、防水不良の原因となり、ダイヤルや針、ムーブメントを痛めてしまう原因となります。※写真は(前)16220/(後)6694、風防モデル
新品のクリスタルワッシャーです。
長期間の使用により劣化したクリスタルワッシャーです。弾力性が無くなり、ひびが発生するケースもあります。防水性を保持できないため、交換が必要です。
変形したクリスタルワッシャーです。長期間の使用や、誤った取扱いによって一部がつぶれています。防水性を保持できないため、交換が必要です。
時計の防水性能を理解して正しいご使用方法を。
時計のムーブメントを埃・湿気・水分から守るために時計の使用目的別に耐水性の規格と防水仕様の区分が分けられています。
【日常生活用防水】(3気圧防水程度)
・日常生活での汗、洗面、雨などに耐えられるもの。
【日常生活用強化防水1】(5気圧防水程度)
・水に触れる機会の多い水仕事、ヨットなどのスポーツに使用可。
【日常生活用強化防水2】(10~20気圧防水程度)
・水に頻繁に触れる仕事や素潜りなどに使用可
【潜水用防水】(100m、200m、300m防水)
・水深100~300mまでの耐圧性と、長時間の水中使用に耐えることのできる性能。スキンダイビング、空気ボンベを使用するスキューバダイビングなど。
【飽和潜水用防水】(200m以上の防水)
・表示水深耐圧性と、ヘリウムガス対策の機密構造を持つ時計。ヘリウムガスを使用する潜水方式にも対応可。
防水性能を保持するためにも定期メンテナンスを!
パッキンや、今回紹介したクリスタルワッシャーの劣化や変形によって本来の防水性が無い状態で水入りしてしまうことの無いように、定期的なメンテナンスをお勧めいたします。また、実際に海やプールで使用する際は、水に入る前に、リューズやプッシャー(得にねじ込み式のモデル)の締め忘れが無いようにしっかりとチェックした上でご使用ください。ご使用後はしっかりと水気を取るなどのお手入れをしていただくこともお忘れなく。万が一水入りしてしまった場合は速やかに専門店に修理出ししていただくことをお勧めいたします。
時計修理技術者コラムVol.9 リューズの操作不良~ロレックスCal.3135編~
時間合わせとリューズ操作
機械式時計は使っていなければ止まってしまいます。止まってしまった時計を着用するときにまず行うのが時間合わせです。時間合わせの際に操作するのがリューズですが、長期間の使用によりリューズ周りの歯車に不具合が発生してしまうことも……。
今回はリューズ操作と、リューズ周りの歯車に関して紹介させていただきます。
例としてロレックスのメンズのお時計に多く使用されているCal.3135を見ていきます。
針動作時の歯車の関係
リューズを回すと、数個の歯車を介して針を動かすことができます。
各歯車が収まっている軸には油が注されていますが、時間の経過や使用頻度により劣化が進んでいきます。油の状態が悪くなると歯車の動きが重くなります。(針を操作する際の感触が重くなります。)その状態で、無理やり針の操作を続けてしまうと、リューズの周辺の歯車を破損させてしまう原因となります。
非常に小さい歯車のため、破損頻度が高い歯車です。
サブマリーナなど、リューズのサイズが大きいモデルの場合、リューズを指でしっかり握ることができるため、針回しが重い状態でも操作ができてしまいます。その結果、歯車が破損してしまうケースが多くなる傾向にあります。
新品のツヅミ車です。
摩耗したツヅミ車です。小鉄車と噛み合う部分が削れています。
針回しが重いと思ったら……。
歯車が欠けてしまったり、摩耗してしまうと、発生した鉄粉によりオーバーホールが必要になります。破損部品が他の正常な部品を傷つけてしまうこともあり、さらに交換部品が増えてしまう原因になります。
「針回しが以前よりも重くなってきた……!?」などの異常を感じたら早めにメンテナンスを受けられることをお勧めいたします。
時計修理技術者コラムVol.8 ゼンマイと香箱~Cal.ETA2892-2/Cal.ETA6497編~
ゼンマイと香箱
機械式時計の動力といえば、みなさんご存知のゼンマイです。当店でもゼンマイ切れによる止まりでの相談を、日々多く受け付けております。交換頻度も非常に高い部品です。
今回は機械式時計に欠かせないゼンマイと、ゼンマイが収まる香箱についてご紹介させていただきます。
例としてフランクミュラーなどに使用されているETA2892-2(自動巻)と、パネライなどに使用されているETA6497(手巻き)を見ていきます。
Cal.ETA2892-2(自動巻)のゼンマイと香箱
Cal.ETA2892-2(自動巻)のゼンマイです。
Cal.ETA2892-2(自動巻)の香箱です。
自動巻きの時計では、手巻きでのゼンマイ巻き上げ以外にも、腕に着用しているときの運動を利用し、ローターを回転させてゼンマイを巻き上げる方法も使用します。そのため、ゼンマイが完全に巻き上げられた状態で力を逃す“スリッピング”を発生させる形状になっています。
Cal.ETA6497(手巻)のゼンマイと香箱
Cal.ETA6497(手巻)のゼンマイです。
Cal.ETA6497(手巻)の香箱です。
手巻きの時計の場合は、ゼンマイが完全に巻き上げられた状態になると、ゼンマイが香箱の内壁に引っかかる形状になっています。そのため、ゼンマイが完全に巻き上がると、巻き止まりがあります。(それ以上巻き上げることはできません。)
ゼンマイ(香箱)関連の故障と不具合
ゼンマイや香箱関連の故障と不具合は以下の通りです。
①手巻き時計で、ゼンマイが全巻の状態からさらに力が加わってゼンマイが切れてしまう。(止まり)
②自動巻き時計、手巻き時計共にゼンマイの金属疲労によってゼンマイが切れてしまう。(止まり)
③ゼンマイ切れではないが、継続的に使用することで、ゼンマイが劣化、変形してしまう。(パワーリザーブ不足、精度不良)
④自動巻き時計で、油切れ状態で長期間の使用により、香箱の内壁が摩耗し、スリッピング不良が起こる。(パワーリザーブ不足、止まり、精度不良)
①手巻き時計の巻き止まりをしている状態でさらに巻き上げ方向へ力がかかった場合に発生します。香箱真に近い部分が外端の香箱内壁に引っかかり、リベットが打たれている部分が外れます。
②自動巻き、手巻きの時計共に、時計の使用によりゼンマイの収縮と開放を何度も繰り返すことで、金属疲労を起こし発生します。香箱真に引っかかる部分が、ゼンマイを巻き上げる際に力がかかるため折れやすいです。(特にゼンマイの厚みがあるムーブメントで多いです)
③自動巻き、手巻きの時計共に、時計の使用によってゼンマイの経年劣化と弾力がなくなることで起こります。劣化し、変形したゼンマイはS時の形状が香箱真に近い部分は巻がきつくなり、外周に近くなるにつれ広がってしまいます。この場合、香箱に特に問題が無く、スリッピングも正常に起こっていますが、十分な動力を蓄えることができず時計の振り角減少(時計の動きが弱くなっている状態)や、パワーリザーブ不足などの不具合が発生します。
④自動巻き時計の香箱の内側に本来塗布されているモリブデングリスが長期間の使用で乾いてしまい、油切れ状態で稼働している時計に多く見られます。スリッピングは金属同士が擦れながら発生するため、油切れ状態の使用は摩耗が進行してしまいます。内壁が削れてしまった場合は、ゼンマイ交換だけではスリッピング不良を解消することができず、香箱一式の交換が必要になるケースが多いです。
ゼンマイの交換時期
機械式時計のゼンマイの寿命は使用頻度や使用環境によって大きく変化します。
ゼンマイ切れによって「使いたいときに使えなかった!」など、残念な思いをする前に定期的にお時計の状態を検診することをお勧めします。