時計修理技術者コラムVol.22 新品仕上げについて~ヘアライン仕上げ編~
新品仕上げのススメ
以前のブログで、新品仕上げ(傷取り)の中でも鏡面仕上げについて時計修理技術者コラムVol.18 新品仕上げについて~鏡面仕上げ編~でご紹介いたしました。今回はヘアライン仕上げについてご紹介いたします。
ヘアライン仕上げとは
ヘアライン仕上げ(hairline finish)とは、金属の表面処理の一種で、単一方向に細かい線状の模様を入れる加工方法を指します。傷を入れることで、つや消しの効果があり、金属の落ち着いた雰囲気が出ます。また、前回ご紹介した鏡面仕上げと組み合わせることで造形のメリハリを表現することができます。
長年使用すると使用傷が増え、ヘアラインが薄れてしまったり、鏡面仕上げとヘアラインの境界がはっきりしなくなると、デザイン性も落ちてしまいます。
ロレックス/デイトジャスト(Ref:16233)のジュビリーブレスレットを例に磨きの工程を見ていきます。
ロレックス/デイトジャスト/Ref.16233/搭載ムーブメントCal.3135
1945年ごろ、デイト表示機能を搭載した「デイトジャスト」を発表。
1955年、0時ごろに瞬時に日付が切り替わるデイトジャスト機構を発表。この機構はロレックスの3大発明の一つと数えられています。カレンダー表示を見やすくした「サイクロップレンズ」を搭載し、実用時計として広く愛用されるようになりました。
Ref.16233は1988年ごろ~2006年まで製造され、後継機のRef.116233の製造開始により製造終了となりました。
ジュビリーブレスレットのセンターリンク3列を磨いた後、鏡面部分に傷がつかないようにテープを貼り、マスキングします。
表面の固い、スコッチフラップバフで、1駒ずつ丁寧にヘアラインを入れていきます。マスキングテープ部分を避けて、押し付ける力を細かく調整しながら行います。
手前の列のヘアラインを入れました。つや消しをしたことで、センターリンク3列の鏡面が引き立ちます。
仕上げが完了したブレスレットです。鏡面部分の重厚さと、ヘアライン仕上げのシャープな印象にメリハリがつき、ジュビリーブレスの特徴を再生することができました。
鏡面仕上げ同様に、ヘアライン仕上げにおいても、時計の形状に合わせて様々な工具を使い分けています。
ロレックス/ジュビリーブレスレットバックル部分の仕上げ before
↓
after
新品仕上げを実施することで、鏡面部分とヘアライン部分のメリハリのある、購入時の輝きがよみがえります。オーバーホールと一緒に是非新品仕上げもご依頼ください!
時計修理技術者コラムVol.21 ロレックスのGMT機能のムーブメントについて~ロレックスCal.3185、Cal.3186編~
GMT機能とは
GMT(Greenwich Mean Time)とは、グリニッジ天文台(経度0度)における平均太陽時を指しています。イギリスの標準時で、グリニッジ標準時(平均時)と訳されています。近年は協定世界時(UTC)と同義語として扱われています。
腕時計においては第2時間帯の表示ができる機能として定着してきました。今回はロレックスのGMT機能搭載の時計(GMTマスター、GMTマスターⅡ、エクスプローラーⅡ)の中からCal.3185、Cal.3186を例に取ってGMT機能に起こる不具合を紹介します。
GMTマスターⅡの特徴
1950年代にGMTマスターのファーストモデル(6542)が発表され、1999年にGMTマスター(16700)が製造終了となりますが、1983年には3つのタイムゾーンを知ることができるGMTマスターⅡ(16710など)が発表され、現行のモデル(116710など)でも特徴が受け継がれています。
GMTマスターⅡの特徴としては、短針と24時間針の2か国表示に、ベゼルの回転を組み合わせることで第3か国目の時刻を知ることができます。また、GMTマスターⅡからは、短針を単独で動かせるようになり、操作性が向上しました。
ロレックス/GMTマスターⅡ/16710
1983年に発表されたモデル、2005年に後継機の116710が発表され生産終了となりました。
ロレックス/GMTマスターⅡ/116710
2005年に発表された後継機。ベゼルディスクがセラミック製になりました。ベゼルのクリックは30分ごとに移動するようになり、回転ベゼルの構造も進化しています。
GMTマスターⅡのムーブメントと不具合
GMTマスターⅡは当初はCal.3185が採用されていました。その後、Cal.3186へ受け継がれ、歯車や部品の数が増え、短針を単独で操作した際に起こる他の針ずれや午前、午後での短針のずれが小さくなり、日々の使用への支障が減りました。
Cal.3185
短針を取り付ける筒車の下に24時間車を加えることで、リューズを一段引いた状態で短針のみを操作できるようになりました。
Cal.3186
Cal.3185では24時間車に短針を操作する機能が集中していましたが、部品数を増やしたことで整備性が上がり、部品自体も大きくなったことで時針の位置の精度が上がりました。
GMTマスターは短針を単独で操作する機会が多いため、「短針の動作不良」や、「針ずれ」などの不具合が起こります。短針を操作するアワークリックの破損による故障が多く見受けられます。
新品のアワークリックです。
破損したアワークリックです。アワークリックが破損した状態で操作すると短針がするすると動いてしまい、1時間刻みで動くクリック感がなくなります。
アワークリックは日常的に使用していても破損する恐れがある部品で、現在では改良された部品が使用されています。
アワークリックが破損してしまった場合は、オーバーホールの際に新しい部品と交換することで動作の修復が可能です。動作に異常を感じたらぜひご相談ください!
時計修理技術者コラムVol.20 自動巻きのローターベアリングについて~Cal.ETA7750編~
自動巻き不良の原因
自動巻きの時計は半月状のローターが回転してゼンマイを巻き上げています。以前、ロレックスのローター真を例に「時計を着けていても止まってしまう。」、「夜外して朝には止まっている」などの症状の原因についてご紹介させていただきましたが(時計修理技術者コラムVol.5 自動巻の巻き上げ効率~ローター真編~)、今回は、オメガやブライトリングなどの多くの高級スイス時計に採用されているムーブメントETA7750を例に取って自動巻ローターの部品について紹介いたします。
ローターベアリングの役割と不具合
自動巻き時計は、着用時にローターが回転することでゼンマイを巻き上げることができます。ローターをスムーズに回転させるために、現行品で多くのムーブメントで使用されているのがローターベアリングです。
長期間使用された時計のローターベアリングは摩耗や経年劣化により当初取り付けられた状態よりもがたつきが大きくなります。がたつきが大きくなることで、ローターの回転音が大きくなったり、裏蓋やムーブメントにローターが擦れることで、内部に金属粉を発生させるなどの不具合が起こります。
特に金属粉の発生は歯車のほぞ(軸の先端)を傷めるなど、ムーブメント全体に悪影響を与えてしまいます。
ローターベアリングの修正
ローターのがたつきが大きくなった場合、ローターベアリングが使用できる状態であれば、専用工具でがたつきを修正して調整を行います。
ローターのがたつきが大きすぎて修正ができないもの、さびが発生して継続して使用ができないものに関しては、ローターベアリングを取り換えて対応します。
一部、ETA7750系が搭載されている時計でも、メーカーが独自に改良したローターベアリングを使用しているモデルは、交換対応ができない場合があります。
ローターの音が気になり始めたら……
お時計を使用されていて、自動巻ローターの巻き上げ音が大きくなったり、カチカチと内部異音がするようになったら、ご使用を中止して内部点検を受けられることをお勧めいたします。
時計修理技術者コラムVol.19 ひげゼンマイの役割とよくある不具合
ひげゼンマイとは?
機械式の腕時計はゼンマイや歯車など、様々な部品で構成されていますが、今回は安定した精度を維持するために特に重要な役割を持っている「ひげゼンマイ」についてご紹介します。
ひげゼンマイとはテンプに組み込まれている細い渦巻き状のバネで、伸縮することによってテンワと呼ばれる外周のおもりを規則的に回転(振動)させ、時間を刻みます。特殊な合金で作られているため、切れにくく、形が崩れにくい性質があります。
テンプは振り子の原理が応用されています。テンワがおもり、ひげゼンマイが振り子にあたります。ひげゼンマイが長くなると(おもりが回る周期が長くなるため)遅れ、ひげゼンマイが短くなると進みになります。この周期を変えることで精度を調整することができます。
ひげゼンマイの不具合
ひげゼンマイは姿勢差(時計の向きによって精度が変わること)をなくすために、同心円状、かつ平らである必要があります。
しかし、使用している間に衝撃や強い磁気によってひげゼンマイの渦巻き状の中心がずれてしまうことで精度に影響がでます。※ムーブメント内部の油切れなど、精度に関する要因は様々ありますが、ひげゼンマイの崩れは直接精度に影響します。
また、バネが伸ひている瞬間に強い衝撃が加わるとひげゼンマイが他の部品(主に緩急針やひげ持)に引っかかる状態になることがあります。(ひげ絡み)
ひげ絡みの状態になると、時計が止まる・激しく進むという症状が出ます。
この場合、引っかかっている部分を取り外すことで元通りの形状に戻すことができます。
しかし、引っかかった状態で長期間使用し続けるとひげゼンマイの形状が崩れ、修正できなくなる場合があるため、上記の症状が出た場合はご使用を中止して早めの修理をお勧めいたします。
2016年-2017年 年末年始 営業のお知らせ
日頃、時計修理専門店WATCH COMPANYをご利用いただきまして誠にありがとうございます。年末年始の営業につきまして、下記の通りご案内申し上げます。
12月29日(木曜日) | 10:00~15:00 ※時間短縮営業 |
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12月30日(金曜日)~1月3日(火曜日) | 休業 |
1月4日(水曜日) | 10:00~15:00 ※時間短縮営業 |
1月5日(木曜日)~ | 通常営業 |
2016年はご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。2017年も時計修理専門店WATCH COMPANYをどうぞよろしくお願い申し上げます。
POWER Watch 2017年1月号(No.91)に当店が紹介されました!
時計修理技術者コラムVol.18 新品仕上げについて~鏡面仕上げ編~
新品仕上げとは?
使用により時計に傷が付き傷取りに出したいけど、「新品仕上げ」って何をするの?「新品仕上げ」をするとどうきれいになるの?と不安に思っているお客様も多数いらっしゃると思います。
今回はお客様が通常見ることができない新品仕上げの工程や、仕上げに使用する道具をご紹介いたします。
鏡面仕上げに使用する道具
鏡面部分の仕上げにはバフ(羽布)研磨を行います。研磨といっても削り取るのではなく、磨き込んでつやを出す作業を行います。
使用する道具はバフと呼ばれる柔らかい布やフェルトでできたホイール状の研磨製品とアルミナやクロム等をベースにした研磨剤です。
鏡面仕上げの工程
磨き作業は、モーターに取り付け回転したバフに研磨剤を軽く当てて溶かし、磨き面に練り込むようにして行います。WATCH COMPANYでは主に1.荒磨き、2.中磨き、3.仕上げ磨きの3工程で行います。
ロレックスのバックルサイド(鏡面部分)を磨いていきます。
フェルトバフ(A番)に白棒4000番を付け荒磨きを行います。
時計の形状を保ちつつ、傷を取ることのバランスを考えながら行います。光の当たる角度を変え、傷残りが無いかしっかりと確認を行います。
荒磨きだけでもほとんどの傷が除去できています。拡大するとバフ目(縦線状の跡)が付いているのがわかります。
青バラバフにD-24を付け中磨きを行います。
荒磨き時のバフ目や、研磨剤残りを無くし、最終仕上げにつなげることを意識して行います。
バフ目がほとんど目立たなくなりました。
布バフ(トクハネバフ)にD-24(青)とノンクロン(黄)少量を付け仕上磨きを行います。
バフ目が残っていないか、角度を変え、確認しながら行います。鏡面部分に研磨剤残りが無いか確認します。(洗浄後にくもりの原因となるため)
完全に傷を除去することができました。
基本的には、上記の道具を使用しますが、磨く時計の素材や形状によって、さらに柔らかい布バフや固いフェルトバフ、径や形を加工したバフ、様々な研磨剤を使い分けます。
また、いずれの工程においてもバフを当てる際の強さや角度、回転数、研磨剤の量等、磨く時計の状態に合わせ最適なものになるように対応しております。
新品仕上げのススメ
お客様からお預かりしたお時計の傷取りをご依頼いただいた際は、1本1本全てのお時計に対し丁寧にこういった作業を繰り返し磨き上げております。お時計の傷が気になる場合はオーバーホールと合わせて新品仕上げのご依頼をいただけましたら幸いです。